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任意整理30代体験談|350万円を抱えた私の記録

ケイの挨拶

こんにちは、ケイです。

今日は、私自身の話をします。

27歳のある給料日。ATMの画面に映った残高を見て、私は「あ、詰んだかも」と声に出した。

誰もいない深夜のコンビニで、スマホを握りしめたまましばらく動けなかった。

借金は、350万円。

4〜5社にまたがったリボ払いとカードローン。毎月10万円以上が消えていく生活。30代を手前にして、貯金はゼロどころかマイナスだった。

この記事は、あの夜から任意整理を経て完済するまでの、私のリアルな記録です。

「自分も同じかもしれない」と思った人に、少しでも届けばいいなと思って書いています。


この記事でわかること

  • 350万円の借金がどうやって膨らんでいったか
  • 任意整理を決断するまでの逡巡と、踏み出したきっかけ
  • 受任後の月々の変化(リアルな数字)
  • 完済までの4年間の心の記録
  • 同じ悩みを抱えている人へのメッセージ

借金350万円は、気づいたら積み上がっていた

最初の一枚から始まった「軽い気持ち」

20歳の頃、初めてクレジットカードを作った。

「社会人になったし持っておかないと不便」くらいの気持ちで、リボ払い設定にするとポイントが増えると聞いて深く考えずに設定した。

最初は月1〜2万円の利用。問題なく払えていた。

でも気づいたら、リボの残高が増えていた。

友人との食事、仕事用の服、ちょっとした出費。「あとでなんとかなる」と思っていると、残高はどんどん後退しなくなっていった。リボ払いって怖いのは、「今月の支払いはちゃんと終わった」という安心感があるのに、元本がほぼ減らないことなんですよね。

2枚目、3枚目のカードを作ったのは、それから1〜2年後。

消費者金融のカードローンを使い始めたのは、「カードの支払いに追われて生活費が足りなくなった」から。

今思えば典型的な多重債務のルートなんだけど、当時はそんな言葉すら知らなかった。

年収400万円台でも「返せなくなる」理由

私の当時の年収は、400万円台の前半。決して少なくはないと思っていた。

地方都市で一人暮らし。家賃と光熱費、食費を出して、あとは仕事関係の付き合いや友人との時間を大切にしていたら——月々の可処分所得はどんどん薄くなっていた。

リボの返済に消費者金融の返済が重なって、給料日に振込まれてもほぼ即引き落とし。次の給料日までの2〜3週間は綱渡りが続く。

そして次の借入。

これを繰り返しているうちに、4〜5年で350万円に達していた。


「詰んだかも」と気づいた夜

ケイが考えているイラスト

27歳の給料日、同僚と軽く飲んで帰りにATMに寄った。

画面に表示された残高を見て、私は静止した。

ゼロ、だった。

振り込まれたはずの給料が、引き落としで全部消えていた。翌日からの生活費が、手元にない。

「あ、終わったかも」

怖いのは、パニックにならなかったこと。むしろ「スッ」と頭が冷えた感覚があって、「もう限界なんだな」と静かに受け入れた自分がいた。

でもそこからの2〜3ヶ月は、動けなかった。

「弁護士に相談する」「任意整理ってやつをするしかないのかな」とは頭の片隅で考えていたけど、「まだなんとかなるかも」「もう少し待てば……」という気持ちが邪魔をした。

毎月の返済はギリギリで続いていて(その月はどうにか友人に少し借りた)、「滞納しているわけじゃないから、相談するほどでもないかも」と言い訳していた。

決断を先送りにする理由は、全部「怖さ」だった

当時の私が動けなかった理由を、今なら整理できる。

  • 弁護士に相談したら、「怒られそう」
  • 任意整理をしたら、「家族や職場にバレる」
  • 手続きをしたら、「もう後戻りできない」

全部、根拠のない恐怖だった。

でも当時は、その恐怖が現実みたいに感じられて、身動きが取れなかった。


Webフォームから「送信」ボタンを押した日

深夜2時、布団の中でスマホを触っていた。

「任意整理」でいろいろ調べて、あるサイトの無料相談フォームを開いた。名前と、借金の総額と、「今後どうしたいか」を書く欄があった。

手が止まった。「350万円です」と書いて、送信する直前に何度も躊躇した。

「本当に送っていいの?」

送った。

翌朝、事務所から電話が来た。怒るでも責めるでもなく、「まず現状を聞かせてください」という穏やかな口調だった。あの拍子抜け感は今でも覚えている。

後に私が事務所の事務員として働くようになって気づいたことがあるんだけど——深夜にWebフォームから相談してくる人は、みんな「電話が怖い人」なんですよね。私もそうだった。でも、送った瞬間にちょっと楽になった。それだけは確か。


受任から和解まで——月10万円超が6万円台に変わった

受任直後の「止まる」感覚

弁護士に受任してもらった瞬間から、各社への返済が一時停止になった。

「え、払わなくていいの?」と最初は混乱した。でも、受任通知が届いた業者からは、直接の取り立て連絡ができなくなる(貸金業法の規定による)。手続きが動き出してからは、督促の電話が来ることもなくなった。

その「静けさ」が、久しぶりだと気づいた。

何年も、返済日と残高のことを頭の片隅から追い出せなかった。それがいなくなった感じ。

過払い金45万円、という予想外の展開

和解が進む中で、一部の消費者金融から過払い金が発生しているとわかった。

約45万円。

正直、全然知らなかった。リボとカードローンを長く使っていたので、グレーゾーン金利(2010年頃まで存在した法律の上限を超えた利息)が発生していたらしい。「過払い金って、テレビのCMの話だと思ってた」と事務所の人に言ったら、「よくある反応ですよ」と笑われた。

過払い金は、残りの借金と相殺してもらえた部分が大きく、それだけで残債がぐっと減った。

受任から2〜3ヶ月で和解が完了し、月々の返済額は6〜7万円に落ち着いた。それまで10万円以上だったのが、一気に半分以下になった感覚。


4年間の「地味な返済生活」と完済

ケイがウィンクしているイラスト

「月6〜7万円が、きついか楽かというと……正直最初はきつかった」

収入は変わらないのに、返済を優先した生活設計が必要になった。

食費は月3万円以内で自炊メイン。外食は友人との時間だけと決めた。美容・被服費は月1〜2万円まで。交通費・通信費を見直して固定費も削った。

関連記事:【体験談】任意整理から4年で完済した私の家計術と心の記録

でも、最初の半年を過ぎると「慣れた」。

借金返済に追われていた頃の方が、精神的にはずっとしんどかった。督促がない、先の見通しがある、毎月の返済日がわかっている——この安心感は、節約の不便さより大きかった。

31歳で完済した日、特別なことは何もしなかった。ただ、口座を見て「あ、終わったんだ」と静かに思った。ATMで残高ゼロを見た夜とは、全然違う「ゼロ」だった。


完済後の信用情報と「ブラック期間」の過ごし方

任意整理後は、信用情報機関(CIC・JICC)に事故情報が登録されます。一般的には5年程度が目安とされています(KSCは7年)。この間はクレジットカードの新規作成やローンの審査が通りにくくなります。

私の場合、完済が31歳で、36歳頃には信用情報が回復し、現在はクレカもローンも問題なく使えています。

ブラック期間中は「デビットカード一本」で乗り切った。最初は不便に感じたけど、使いすぎない分むしろ家計管理はラクだった。

詳しくはこちら→ 【実体験】350万円の借金を任意整理で完済した私の全記録

よく「一生ローンが組めなくなるの?」と聞かれるけど、それは誤解。一定期間を経て情報がリセットされれば、また普通に借りられるようになります(個人差はありますが)。


家族にも職場にも、バレなかった

「任意整理したら職場にバレる?」

これ、当時の私が一番怖かった部分です。

結論から言うと、一般的に会社への通知はありません。任意整理はあくまで「債権者(お金を貸した業者)との交渉」であり、職場は当事者ではない。

私の場合、家族にも職場にも、一切知られずに進められました。

唯一の注意は「郵便物」。事務所や債権者からの封書は、自分で受け取れるようにしておくことが大事です。


同じ悩みを抱えているあなたへ

ケイが前向きに語りかけているイラスト

「まだ滞納はしていないから、相談するほどでもないかも」

あの夜の私が思っていた、まさにその言葉。

でも今なら言える。動くなら、早い方が選択肢が広い。滞納が進んでからより、ギリギリで踏みとどまっているうちの方が、任意整理でスムーズに進むケースが多い。

弁護士への相談は「怒られる場所」じゃない。私が事務所の事務員として3年間で見てきた相談者の方々も、みんな最初は怖そうにしていたけど、話し終わった後は「思ったより怖くなかった」と言っていた。

詳しくはこちら→ 【体験談】任意整理してよかった!30代女性Eさんが完済までに気づいたこと

一人で抱えていた重さを、誰かに預ける。それだけで、動けるようになることがあります。


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この記事は情報提供を目的としています。個別の状況によって最適な手続きは異なりますので、詳細は弁護士・司法書士へのご相談をおすすめします。